日中関係悪化の構造と半導体・レアアース問題について
日中関係は2020年代に入り、経済相互依存と戦略的競争という矛盾した二つの側面を抱えながら、構造的な悪化の局面に入っている。この関係悪化の核心には、半導体技術とレアアースという「21世紀の戦略物資」をめぐる攻防がある。両国が相互に輸出規制という経済的武器を用いる状況は、単なる貿易摩擦を超えて、地政学的対立の経済領域への拡大を示している。

日中関係悪化の多層的背景
現在の日中関係悪化は、複数の要因が重層的に絡み合って生じている。
安全保障面での対立激化が第一の要因だ。日本は2022年の国家安全保障戦略改定で「反撃能力」保有を明記し、防衛費のGDP比2%への増額を決定した。この背景には、中国の軍事的台頭と台湾海峡での緊張があり、日本政府は台湾有事が日本の存立危機事態になりうるという認識を強めている。2023年の日米首脳会談では台湾問題が明確に議題となり、日米2+2でも台湾海峡の平和と安定が強調された。
これに対して中国は、日本が「米国の対中包囲網の一翼を担っている」と認識し、強く反発している。中国海警局の船舶が尖閣諸島周辺での活動を常態化させ、2023年には過去最多の侵入日数を記録した。また、中国軍機による日本領空接近も増加しており、航空自衛隊のスクランブル発進回数の半数以上が中国機に対するものとなっている。
経済安全保障の台頭が第二の要因だ。米中対立の深化に伴い、先端技術が安全保障上の意味を持つようになった。半導体、AI、量子技術、バイオテクノロジーなどの分野で、技術覇権をめぐる競争が激化している。日本は従来の「経済と政治の分離」という原則を修正し、2022年に経済安全保障推進法を制定した。特定重要物資の安定供給確保、基幹インフラの安全性・信頼性確保、官民技術協力、特許出願の非公開化という4本柱で、経済活動に安全保障の視点を組み込んでいる。
中国はこれを「経済の武器化」「中国排除」と捉え、対抗措置を取り始めた。2020年の輸出管理法、2021年の反外国制裁法、データ安全法など、中国も法的枠組みを整備し、経済的手段を外交・安全保障目的で使用する姿勢を明確にしている。
歴史認識と国内政治も無視できない。日本では保守政権が続き、中国では習近平体制が愛国主義教育を強化している。靖国参拝問題、教科書問題、戦時徴用工問題などの歴史問題は常に潜在的な火種となっている。また、両国とも国内政治で強硬姿勢が支持を集めやすい構造があり、妥協が難しくなっている。
価値観外交の対立も深刻だ。日本は「自由で開かれたインド太平洋」構想を推進し、法の支配、航行の自由、民主主義という価値観を重視している。一方、中国は「中国の特色ある社会主義」を掲げ、西側の価値観押し付けに反発している。ウイグル、香港、チベット問題で日本が懸念を表明すると、中国は内政干渉と反発する。この価値観の相違は根本的であり、簡単には埋まらない。
半導体輸出規制の詳細と戦略的意図
日本の対中半導体輸出規制は、米国主導の対中技術封じ込め戦略の一環として位置づけられる。
規制の段階的拡大を時系列で見ると、全体像が見えてくる。2019年、日本は韓国向けの半導体材料(フッ化水素、フォトレジスト、フッ化ポリイミド)輸出を厳格化した。これは直接的には中国向けではなかったが、輸出管理強化の先駆けとなった。
2022年、米国が中国向け先端半導体・製造装置の包括的輸出規制を発表すると、日本も対応を迫られた。米国は同盟国に同調を求め、特にオランダと日本に対して半導体製造装置の輸出規制を要請した。これらの国は半導体製造装置で世界市場の大きなシェアを持つからだ。
2023年3月、日本政府は外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく輸出管理規則を改正し、23品目の先端半導体製造装置を「みなし輸出管理」の対象に追加した。具体的には以下の装置が含まれる。
極端紫外線(EUV)露光装置は、オランダのASMLが事実上独占しており、日本は直接的な製造者ではないが、EUV関連の部品・材料で重要な役割を果たしている。7nm以下の最先端半導体製造に不可欠で、中国はこの技術取得を強く望んでいる。
ArF液浸露光装置は、ニコンとキヤノンが製造する。14nm〜7nmクラスの半導体製造に使用され、先端だが最先端ではない領域をカバーする。中国はこのクラスの半導体製造能力を拡大しようとしており、これらの装置へのアクセスが制限されることは大きな打撃となる。
エッチング装置では、東京エレクトロンが世界トップクラスのシェアを持つ。微細な回路パターンを形成するために不可欠で、特にプラズマエッチング技術は高度に専門化されている。先端ロジック半導体やDRAM、NANDフラッシュメモリの製造に必須だ。
成膜装置(CVD、ALD装置など)も東京エレクトロンやSCREENセミコンダクターソリューションズが強みを持つ分野だ。薄膜形成は半導体製造の基本プロセスであり、特に3次元NAND製造では高度な成膜技術が必要となる。
検査・計測装置では、レーザーテックやアドバンテストが高いシェアを持つ。極端紫外線(EUV)マスク検査装置では、レーザーテックがほぼ独占状態にある。製造プロセスの歩留まり向上に不可欠で、これがなければ先端半導体の商業生産は困難だ。
洗浄装置では、SCREENセミコンダクターソリューションズが世界トップシェアを持つ。半導体製造では数百のプロセスステップがあり、その間に何度も洗浄が必要となる。微細化が進むほど、洗浄技術の重要性は高まる。
2023年7月、日本は規制をさらに強化し、対象品目を拡大した。特に、先端ロジック半導体だけでなく、先端メモリ(DRAM、NAND)製造装置も規制対象に加えた。これにより、中国の半導体産業全体への影響が広がった。
2024年には、規制の「抜け穴」を塞ぐための改正が行われた。例えば、規制対象装置の性能をわずかに下げた「デチューン版」の輸出や、既存装置のアップグレード・メンテナンスサービスの提供なども規制範囲に含まれるようにした。
日本企業への影響は深刻だ。東京エレクトロンは2023年度、中国市場からの売上が全体の約25%を占めていた。規制により、この重要市場へのアクセスが制限される。ニコン、キヤノン、SCREENなども同様の影響を受けている。短期的には売上減少、長期的には中国企業が独自技術を開発するリスクに直面している。
しかし、日本政府は企業の損失よりも、安全保障上の利益を優先する判断をした。これは「経済合理性」から「戦略的自律性」へのパラダイムシフトを示している。政府は影響を受ける企業に対して、代替市場の開拓支援や研究開発支援などで補完しようとしているが、中国市場の規模を完全に代替することは困難だ。
規制の戦略的意図は多層的だ。
1.中国の軍事的AI開発能力の抑制がある。先端半導体は、AI訓練、量子暗号解読、極超音速兵器のシミュレーションなど、軍事技術に直結する。中国が先端半導体を自由に製造できれば、軍事バランスに影響する。
2.中国の経済的・技術的台頭の抑制がある。半導体は「産業の米」であり、AI、IoT、自動運転、6G通信など、あらゆる先端産業の基盤だ。中国が半導体で自立すれば、これらの分野で西側を凌駕する可能性がある。規制により、中国の技術発展を遅らせ、西側の優位性を維持することが狙いだ。
3.日米同盟の強化と対中連携の構築がある。半導体規制で歩調を合わせることは、日米韓、日米欧の戦略的連携を示す象徴となる。逆に、日本が規制に参加しなければ、同盟の信頼性が損なわれる。
4.台湾問題への間接的対応がある。中国が台湾に軍事侵攻すれば、世界の半導体供給の50%以上を占めるTSMCの工場が危機に晒される。西側は中国の軍事能力を制限することで、台湾侵攻のリスクを減らそうとしている。
中国のレアアース輸出規制の詳細
中国のレアアース輸出規制は、日本の半導体規制への対抗措置であると同時に、より広範な戦略的目的を持っている。
レアアースとは何かを正確に理解する必要がある。レアアース(希土類元素)は、周期表でスカンジウム、イットリウム、ランタノイド15元素の計17元素を指す。「レア(稀)」という名前だが、実際には地殻中の存在量はそれほど少なくない。問題は、経済的に採掘できる鉱床が限られていること、そして精錬・分離が技術的に困難で環境負荷が高いことだ。
レアアースは軽希土類と重希土類に分けられる。軽希土類にはランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジムなどが含まれ、比較的豊富に存在する。重希土類にはテルビウム、ジスプロシウム、イットリウム、エルビウムなどが含まれ、より希少で高価だ。
産業における重要性は極めて高い。ネオジム磁石は、電気自動車のモーター、風力発電機、ハードディスク、産業用ロボットなどに使用される。ネオジム-鉄-ボロン磁石は最強の永久磁石で、代替が困難だ。特に高温下でも性能を維持するには、ジスプロシウムやテルビウムを添加する必要があり、これらは中国依存度が極めて高い。
ランタンとセリウムは、触媒、ガラス研磨材、水素吸蔵合金などに使用される。自動車の排ガス浄化触媒にはセリウムが不可欠だ。テルビウムとユウロピウムは、LED照明や液晶ディスプレイの蛍光体に使われる。イットリウムは、レーザー結晶やセラミックスの添加剤として使用される。
軍事用途も広範だ。精密誘導ミサイルの制御システム、レーザー兵器、ソナー、夜間視覚装置、ジェットエンジンなど、現代兵器の多くがレアアースに依存している。F-35戦闘機1機には約417kgのレアアースが使用されているとされる。
中国の圧倒的優位が問題の核心だ。中国は世界のレアアース生産の約60%、精錬・分離では80%以上を占める。これは自然の地質的優位だけでなく、戦略的投資と環境規制の緩さによって築かれた。
中国は1980年代から、鄧小平の「中東には石油があるが、中国にはレアアースがある」という言葉のもと、戦略的にレアアース産業を育成してきた。内モンゴル自治区のバヤンオボー鉱山、江西省のイオン吸着型鉱床など、大規模な鉱床を開発した。同時に、低価格で大量供給することで、他国の生産者を市場から排除した。
1990年代には、米国のマウンテンパス鉱山が中国産の安価なレアアースに対抗できずに閉鎖された。オーストラリア、カナダ、インドなどの鉱山も同様に採算が取れなくなった。結果として、中国が世界市場を支配する構造が確立された。
輸出規制の段階的強化は、2010年の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件を契機に始まった。中国は公式には認めていないが、日本向けレアアース輸出を事実上停止した。これにより、日本企業は大きな混乱に陥り、レアアース価格が急騰した。この「レアアースショック」は、資源を外交的武器として使う中国の姿勢を世界に示した。
その後、中国は表面上は輸出を再開したが、輸出枠制度、輸出許可制度、資源税の引き上げなどを通じて、実質的なコントロールを維持した。2015年にWTOが中国のレアアース輸出制限を違反と判定したため、中国は形式的には制度を変更したが、環境規制や違法採掘取締りを名目に、実質的な生産・輸出管理を続けている。
2023年12月、中国は黒鉛(グラファイト)の輸出許可制を導入した。黒鉛は電気自動車のバッテリー陽極材に不可欠で、中国が世界生産の約70%を占める。これはレアアース以外の重要鉱物にも規制を拡大する動きだった。
2024年から2025年にかけて、中国は日本向けに特化した輸出制限を強化したとされる。具体的には、ジスプロシウム、テルビウムなどの重希土類の輸出許可審査を厳格化し、日本企業への供給を絞った。また、ガリウムとゲルマニウムの輸出管理も強化され、これらは半導体製造に使用されるため、日本の半導体規制への対抗措置と見られている。
中国の戦略的意図は複数ある。
1.日本の対中半導体規制への報復だ。「日本が半導体装置を制限するなら、中国はレアアースで対抗する」というメッセージを送っている。これは相互依存を利用した戦略的抑止だ。
2.日本の対中政策全般への圧力だ。台湾問題、南シナ海問題、尖閣問題など、日本が中国に「対抗的」な姿勢を取ることへの警告となる。経済的痛みを与えることで、政策変更を促そうとしている。
3.サプライチェーンの中国中心化だ。レアアースを原材料として輸出するのではなく、中国国内で加工して高付加価値製品として輸出することを推進している。例えば、ネオジム磁石やモーターを中国で製造し、完成品を輸出する。これにより、世界の産業が中国に依存する構造を強化する。
4.他国への警告だ。「中国に対抗すれば経済的代償がある」ことを示すことで、欧州やASEAN諸国が対中包囲網に参加することを躊躇させる効果がある。
日本企業への影響は甚大だ。自動車メーカーは、EV生産に不可欠なネオジム磁石の供給不安に直面している。トヨタ、日産、ホンダなどは、モーター設計の見直しや代替材料の検討を迫られている。しかし、ネオジム磁石の性能を完全に代替できる材料は現時点では存在しない。
電機メーカーも影響を受ける。産業用ロボット、エアコン、冷蔵庫など、モーターを使用する製品は多岐にわたる。レアアース供給不安は、これらの製品の生産計画に影響する。
防衛産業も懸念を抱いている。ミサイル誘導システム、レーダー、通信機器などにレアアースが使用されており、供給途絶は国家安全保障に直結する。防衛省は国内備蓄を増やし、代替技術の開発を加速している。

日本政府の対応政策
日本政府は、この挑戦に対して多面的な政策を展開している。
供給源の多角化が最優先課題だ。JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)を通じて、海外鉱山への投資を加速している。
オーストラリアのライナス社は、中国以外で最大のレアアース生産者だ。日本政府と企業は、ライナス社の西豪州鉱山とマレーシアの精錬施設に出資し、安定調達契約を結んでいる。さらに、ライナス社がテキサス州に建設する重希土類分離施設にも、日本企業が参画している。
カザフスタンは、豊富なレアアース資源を持つが、開発が遅れている。日本企業は、カザフ政府と共同で探査・開発プロジェクトを進めている。中央アジアは地政学的にロシアと中国の影響下にあるが、日本との協力を通じて、バランス外交を図りたいという意向がある。
ベトナムのドンパオ鉱床は、重希土類を豊富に含む有望な鉱床だ。日本企業とベトナム政府系企業が共同開発契約を締結し、2025年以降の生産開始を目指している。ベトナムは南シナ海問題で中国と対立しており、日本との協力に前向きだ。
インドは、ケララ州やオリッサ州にレアアース資源を持つ。インド政府は、重希土類分離技術を持つ日本企業との協力を求めている。日印は「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」を結んでおり、レアアース協力はこの枠組みで推進されている。
アフリカでは、タンザニア、ケニア、マダガスカルなどが有望だ。中国も積極的に進出しているが、日本は「質の高いインフラ投資」「環境配慮」「透明性」を打ち出し、差別化を図っている。ただし、アフリカでの鉱山開発は、政治的不安定性、インフラ未整備、環境問題などのリスクが高く、慎重なアプローチが必要だ。
国内資源の活用も重要な柱だ。日本は「都市鉱山」と呼ばれる使用済み電子機器に大量のレアアースが含まれている。環境省の試算では、日本国内に存在する使用済み製品中のレアアースは、年間需要の数年分に相当する。
しかし、回収技術と経済性が課題だ。レアアースは製品中に微量しか含まれず、回収コストが高い。政府は、効率的なリサイクル技術の研究開発に補助金を提供している。例えば、磁石から直接レアアースを回収する技術、酸やバクテリアを使った抽出技術などが開発されている。
日立製作所、三菱マテリアル、DOWAホールディングスなどは、ハードディスクや産業機器から磁石を回収し、レアアースを再生する事業を展開している。ただし、現時点では採算性が低く、政策支援が不可欠だ。
政府は、小型家電リサイクル法を活用し、回収ルートの整備を進めている。自治体の回収ボックス設置、家電量販店での回収、認定事業者によるリサイクルなど、システムが徐々に構築されている。
代替材料・省レアアース技術の開発は長期的に最も重要だ。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、「希少金属代替材料開発プロジェクト」を推進している。
フェライト磁石の高性能化が一つの方向性だ。フェライトは鉄酸化物で、レアアースを含まない。性能はネオジム磁石に劣るが、コストが安く、高温特性が良い。自動車のモーターなど、極限の性能が要求されない用途では、フェライト磁石への置き換えが進んでいる。
サマリウム・コバルト磁石は、ネオジム磁石より高温特性に優れ、航空宇宙や軍事用途で使用される。コバルトも戦略物資だが、供給源は中国以外にも分散している。
磁石レスモーターの開発も進んでいる。誘導モーターやスイッチトリラクタンスモーターは永久磁石を使用しない。効率はやや劣るが、技術革新により差が縮まっている。例えば、テスラのモデル3は誘導モーターを採用し、レアアース依存を減らしている。
触媒分野では、セリウム代替技術が研究されている。例えば、排ガス浄化触媒で、セリウムの使用量を減らし、他の材料で補完する技術が開発されている。
戦略備蓄の拡充も進められている。JOGMECは、国家備蓄としてレアアースを保有している。2011年のレアアースショック後、備蓄量を拡大したが、現在でも数週間から数ヶ月分程度とされる。政府は、これをさらに拡充する方針だ。
民間企業にも備蓄を奨励している。備蓄費用の一部を補助する制度や、税制優遇措置を検討している。ただし、企業にとって備蓄はコスト増となるため、強制力のある政策が必要との意見もある。
技術流出防止も重要だ。日本が開発したレアアース関連技術が中国に流出すれば、優位性が失われる。経済安全保障推進法では、特許の非公開制度が導入され、安全保障上重要な技術の出願情報が秘匿される。
また、研究者や技術者の引き抜き防止も課題だ。中国企業が高額報酬で日本の専門家をヘッドハントする事例が報告されている。政府は、技術情報管理の指針を策定し、企業への啓発を行っている。
産業政策の見直しも必要だ。レアアース依存度の高い産業に対して、リスク分散を義務付けることが検討されている。例えば、調達先の複数化、代替技術への投資、備蓄の保有などを、政府調達の条件とすることなどだ。
また、EV推進政策とレアアース問題の整合性も課題だ。政府は2035年までに新車販売を電動車100%にする目標を掲げているが、EVモーターはレアアース磁石に依存する。供給不安がある中で、急速なEV化を進めることはリスクがある。磁石レスモーターの開発や、ハイブリッド車の再評価なども必要かもしれない。
国際協力体制の構築
一国だけでは中国の資源支配と技術競争に対抗できない。多国間の戦略的連携が不可欠だ。
日米同盟の深化が基盤となる。2023年の日米首脳会談では、「重要・新興技術に関する日米パートナーシップ」が強化された。半導体、量子、AI、バイオ、クリーンエネルギーなどの分野で、共同研究開発、人材交流、サプライチェーン協力を進める。
レアアースに関しては、「重要鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)」が重要だ。日本、米国、オーストラリア、カナダ、英国、フランス、ドイツなど14カ国が参加し、重要鉱物のサプライチェーン強靭化を目指している。共同備蓄、情報共有、投資協調などが議論されている。
米国国防生産法(DPA)に基づき、米国政府はレアアース産業の再構築に投資している。MP Materials社(旧マウンテンパス鉱山)が生産を再開し、テキサス州に分離・精錬施設を建設中だ。日本企業がこれに参画し、米国産レアアースを調達できる体制を構築している。
また、日米は「チップ4」(日米韓台の半導体協力)の枠組みでも連携している。先端半導体のサプライチェーンを、中国を除外した形で再編成しようとしている。台湾のTSMC、韓国のサムスン・SK、日本の東京エレクトロン、米国の応用材料・ラムリサーチなどが協力し、中国依存を減らす。
日欧州連携の強化も重要な柱だ。欧州連合(EU)は2023年に「重要原材料法(Critical Raw Materials Act)」を制定し、戦略的原材料の域内調達比率を2030年までに10%以上、リサイクル比率を15%以上、単一国からの輸入依存度を65%以下にする目標を掲げた。これは明らかに中国依存からの脱却を目指したものだ。
日本とEUは、2019年に発効した経済連携協定(EPA)に加えて、2022年に「日EU産業・ビジネス・労働対話」を立ち上げ、サプライチェーン強靭化を議論している。レアアースと半導体は優先分野とされている。
具体的な協力として、日欧企業による第三国での共同資源開発がある。例えば、グリーンランドのレアアース鉱床開発では、日本の商社と欧州の鉱業会社が協力している。グリーンランドはデンマーク自治領で、豊富な資源を持つが、開発資金と技術が不足している。日欧が協力することで、リスクとコストを分散できる。
技術面では、レアアースリサイクル技術で日欧が協力している。日本の湿式製錬技術とドイツの乾式製錬技術を組み合わせることで、効率的なリサイクルシステムを構築できる。また、フランスのロディア社、日本の昭和電工などが共同研究を行っている。
半導体分野では、日欧米の「半導体三極協力」が復活しつつある。かつて1980年代に日米半導体摩擦があったが、現在は中国という共通の課題に対して協力する構造になっている。欧州の半導体製造装置メーカー(ASML、ASM International等)と日本企業が技術情報を共有し、中国への技術流出を防ぐ協調体制を構築している。
QUAD(日米豪印)の活用は、インド太平洋地域での戦略的連携の核だ。QUADは当初、安全保障協力の枠組みだったが、経済・技術分野にも拡大している。
2023年のQUAD首脳会談では、「重要・新興技術作業部会」が設置され、半導体サプライチェーン、クリーンエネルギー、バイオテクノロジーなどで協力することが合意された。レアアースも議題に含まれている。
オーストラリアは資源大国であり、レアアース、リチウム、コバルトなどの鉱床を持つ。日本企業は、オーストラリアの鉱山開発に積極的に投資している。前述のライナス社に加えて、Northern Minerals社、Arafura Resources社などとも協力関係を構築している。
インドは、レアアース鉱床を持つだけでなく、精錬能力も有している。Indian Rare Earths Limited(IREL)は国営企業で、モナザイト鉱からレアアースを抽出している。日本の技術協力により、重希土類分離能力を向上させることができれば、QUAD内で完結したサプライチェーンが構築できる。
QUADの利点は、地政学的に分散していることだ。オーストラリアとインドは中国と国境や海洋で対立しているため、対中バランシングの意志が強い。また、4カ国とも民主主義国家であり、価値観を共有している。
IPEF(インド太平洋経済枠組み)の活用も検討されている。IPEFは2022年に発足した経済協力の枠組みで、日本、米国、韓国、インド、ASEAN諸国など14カ国が参加している。TPPと異なり、関税引き下げではなく、サプライチェーン強靭化、デジタル経済、クリーンエネルギー、公正な経済などがテーマだ。
IPEF第2の柱である「サプライチェーン協定」では、重要物資の供給途絶に対する早期警戒メカニズム、緊急時の融通協力、代替供給源の開発協力などが盛り込まれている。レアアースや半導体材料も対象に含まれる可能性がある。
ベトナム、マレーシア、インドネシアなどASEAN諸国は、中国依存を減らしつつも、対中関係を完全に断ち切ることはできない複雑な立場にある。IPEFは、これらの国々に「中国以外の選択肢」を提供する枠組みとなりうる。
二国間協力の深化も並行して進めるべきだ。韓国とは、半導体とレアアースの両面で協力の余地がある。韓国も中国のレアアース制限の影響を受けており、日韓で共同調達や備蓄協力を行う意義は大きい。ただし、歴史問題や輸出管理問題(2019年のホワイト国除外問題)が関係改善の障害となっている。2023年の日韓関係改善を機に、経済安全保障分野での協力を拡大すべきだ。
台湾との協力は極めて重要だ。台湾は半導体製造で世界最先端の技術を持ち、TSMCは7nm以下の先端プロセスで圧倒的なシェアを持つ。日本の材料・装置メーカーと台湾のファウンドリ(受託製造)は相互補完的な関係にある。
TSMCは熊本県に第一工場を建設し、2024年に稼働を開始した。さらに第二工場も計画されている。これは単なる企業誘致ではなく、日台の戦略的連携の象徴だ。先端半導体を日本国内で生産できれば、供給安全保障が向上する。同時に、日本の装置・材料メーカーとTSMCの共同研究開発も進んでおり、技術的相乗効果が期待される。
ただし、台湾との関係強化は中国を刺激する。中国は「一つの中国」原則を掲げ、日台の政府レベルの接触を認めていない。実務的な経済協力と政治的配慮のバランスが必要だ。
国際機関を通じた多国間ルール作りも重要だ。WTOでは、資源の恣意的な輸出制限を規律するルールがあるが、実効性に欠ける。中国のレアアース輸出制限は2014年にWTOパネルで違反と判定されたが、中国は形式的に制度を変更しただけで、実質的なコントロールは続いている。
WTO改革の議論では、「補助金と国有企業の規律強化」「技術移転の強要禁止」「デジタル貿易ルール」などが議題となっている。資源の輸出制限についても、より厳格なルールが必要だという意見がある。ただし、WTOは全会一致原則で機能不全に陥っており、改革は容易ではない。
G7の枠組みも活用できる。G7は価値観を共有する先進民主主義国の集まりで、中国に対して統一的な立場を取りやすい。2023年のG7広島サミットでは、「経済的威圧への対抗」が議題となり、特定国が経済的手段で他国の政策を変えさせようとする行為に共同で対処することが確認された。これは明らかに中国のレアアース制限などを念頭に置いている。
G7として、重要鉱物の共同備蓄、価格高騰時の融通メカニズム、代替技術の共同研究開発などを制度化することが検討されている。また、途上国での鉱山開発に対して、中国の「債務の罠外交」に対抗する「質の高いインフラ投資」を提供することも合意されている。
新興資源国との関係構築では、Win-Winの関係を目指すべきだ。アフリカ、中南米、中央アジアなどの資源国は、長年「資源の呪い」に苦しんできた。鉱物資源を持ちながら、経済発展が進まず、腐敗や環境破壊が蔓延する状況だ。
中国は、インフラ投資と引き換えに資源採掘権を得る「資源・インフラ交換型」のアプローチを取ってきた。短期的には資源国に利益をもたらすが、長期的には持続可能性や経済的自立に疑問が残る。
日本は、より持続可能なアプローチを提案できる。環境に配慮した採掘技術、地域社会への利益還元、透明性の高い契約、人材育成と技術移転などを組み合わせた「パッケージ型協力」だ。これは時間とコストがかかるが、長期的な信頼関係を構築できる。
例えば、ボツワナとのダイヤモンド協力は成功例とされる。ボツワナ政府とデビアス社は、採掘から加工までを国内で行い、利益を教育や医療に投資した。その結果、ボツワナはアフリカで最も安定した民主主義国の一つとなった。レアアース協力でも、このような「資源を祝福に変える」モデルを提案すべきだ。

半導体・レアアース問題の構造的課題
これらの問題は、単なる貿易摩擦ではなく、より深い構造的課題を反映している。
グローバル化の逆流が第一の課題だ。冷戦終結後の1990年代から2010年代まで、世界は経済的相互依存を深めてきた。「自由貿易こそが平和と繁栄をもたらす」という理念のもと、サプライチェーンは効率性を最優先して構築された。
しかし、2010年代後半から、この前提が崩れ始めた。米中対立、ロシアのウクライナ侵攻、コロナ禍でのサプライチェーン混乱などを経て、「効率性」だけでなく「強靭性(レジリエンス)」や「安全保障」も考慮する必要性が認識された。
その結果、「経済安全保障」という概念が台頭した。これは、経済活動を安全保障の観点から再評価し、戦略的自律性を確保しようとする動きだ。フレンドショアリング(友好国への生産移転)、ニアショアリング(近隣国への移転)、リショアリング(国内回帰)などが進められている。
半導体とレアアースは、この「経済安全保障化」の最前線にある。両者とも、軍事的・経済的に極めて重要であり、特定国への依存がリスクとなる。日中が相互に輸出規制を行う状況は、経済的相互依存が「相互抑止」ではなく「相互脆弱性」になった象徴だ。
技術覇権競争の激化が第二の課題だ。21世紀の国力は、軍事力や資源だけでなく、技術力によって決まる。AI、量子コンピューティング、バイオテクノロジー、宇宙技術などの先端分野で優位に立つ国が、経済的にも戦略的にも有利になる。
米国は長年、技術覇権を維持してきたが、中国が急速に追い上げている。中国は「中国製造2025」「軍民融合」などの国家戦略のもと、莫大な資金を投入して技術開発を進めている。5G通信、AI、ドローン、電気自動車などの分野では、中国企業が世界トップレベルに達している。
この競争で、日本は難しい立場にある。技術力では世界トップクラスだが、規模では米中に劣る。また、米国陣営に属しながらも、中国との経済関係も深い。技術覇権競争の「主戦場」ではなく「支援者」という立場で、どう国益を守るかが問われている。
半導体規制は、まさにこの技術覇権競争の一環だ。先端半導体を制する者がAI開発を制し、AIを制する者が21世紀の覇権を握るという認識がある。日本の半導体装置は、この競争の「キーテクノロジー」であり、米国は日本に対中規制への参加を強く求めた。
日本にとって、これは「同盟の信頼性」と「経済的利益」のトレードオフだ。中国市場を失うことは企業にとって痛手だが、米国との同盟を損なうことは安全保障上のリスクとなる。結局、日本は同盟を優先したが、この選択が長期的に正しかったかは、今後の展開次第だ。
地政学リスクの経済への波及が第三の課題だ。台湾問題は、地政学的リスクが経済に直結する典型例だ。台湾海峡で軍事衝突が起これば、世界の半導体供給の半分以上が途絶する。これは単なる経済問題ではなく、現代文明の存続に関わる危機だ。
TSMCの工場は、ほとんどが台湾に集中している。これは「シリコンシールド(半導体の盾)」とも呼ばれ、台湾の安全保障を高める要因とされてきた。中国が台湾を攻撃すれば、世界経済が麻痺するため、攻撃を躊躇するという理論だ。
しかし、この「盾」は両刃の剣でもある。台湾有事が起これば、世界中の産業が打撃を受ける。自動車、スマートフォン、データセンター、医療機器など、あらゆる製品が半導体不足で生産停止に陥る。
この脆弱性を認識して、米国や日本はTSMCの工場誘致を進めている。アリゾナ州、熊本県、ドイツでの工場建設は、地政学リスク分散の一環だ。ただし、これらの工場は最先端プロセスではなく、28nmや12nmなどの成熟プロセスが中心だ。3nm、2nmといった最先端は依然として台湾に集中している。
レアアースも同様だ。中国が台湾に侵攻すれば、報復として西側へのレアアース輸出を完全停止する可能性がある。その場合、EV、風力発電、防衛装備品などの生産が止まる。地政学リスクと経済が深く連動している。
環境問題との両立が第四の課題だ。レアアースの採掘と精錬は、環境負荷が極めて高い。放射性物質(トリウム、ウラン)を含む鉱石の処理、酸性廃水の発生、土壌汚染などが問題となる。
中国がレアアース市場を支配できたのは、環境規制が緩く、低コストで生産できたからだ。内モンゴルのバオトウ市周辺では、レアアース精錬による深刻な環境汚染が報告されている。「テーリング・ダム」と呼ばれる廃液貯蔵池は、広大な面積を占め、周辺住民の健康被害も指摘されている。
西側諸国でレアアース生産を拡大するには、環境基準を満たす必要がある。これはコスト増を意味し、中国産との価格競争が困難になる。持続可能な資源開発と経済性の両立が課題だ。
一方、リサイクルは環境負荷が比較的低い。都市鉱山からのレアアース回収は、新規採掘に比べてエネルギー消費が少なく、環境破壊もない。循環経済(サーキュラーエコノミー)の観点からも、リサイクルの推進は重要だ。
気候変動対策との関係も複雑だ。EVや風力発電はカーボンニュートラルに不可欠だが、レアアースに依存する。レアアース供給が不安定なら、脱炭素化も遅れる。環境問題の解決が、別の環境問題(レアアース採掘の環境負荷)を引き起こすジレンマがある。
**技術の民主化と権威主義の対立**が第五の課題だ。半導体やAIなどの先端技術は、社会の在り方を変える力を持つ。民主主義国家では、技術は個人の自由や権利を拡大する方向で使われることが期待される。
しかし、権威主義国家では、技術は国家の統制強化に使われる。中国の「社会信用システム」や顔認証による監視網は、AI技術の権威主義的応用の例だ。先端半導体が中国に渡れば、このような監視技術がさらに高度化する。
米国や日本が対中半導体規制を行う背景には、「技術が悪用されることへの懸念」がある。これは人権や価値観の問題であり、単なる経済競争を超えている。
一方、中国は「技術主権」を主張する。西側が技術を独占し、途上国の発展を妨げることは不公正だという論理だ。また、人権や民主主義を理由に技術移転を制限することは、「新たな帝国主義」だと批判する。
この対立は容易に解決できない。なぜなら、技術と価値観が不可分に結びついているからだ。今後、国際社会は「技術ガバナンス」のルールを作る必要があるが、民主主義国と権威主義国の間で合意形成は困難だろう。
今後の展望とシナリオ分析
日中関係と半導体・レアアース問題は、今後どう展開するのか。いくつかのシナリオが考えられる。
シナリオ1:管理された競争の継続が最も現実的だろう。日中は、全面的な対立を避けつつ、戦略的競争を続ける。半導体とレアアースでは相互に制限を続けるが、経済全体の断絶は回避する。
このシナリオでは、日本は米国陣営に留まりつつ、中国との経済関係も維持する。半導体装置の最先端は輸出規制するが、成熟プロセス用は輸出を続ける。中国もレアアースで完全禁輸はせず、価格や数量で圧力をかける程度に留める。
日本企業は、市場の分断に適応する。中国市場向けと西側市場向けで、異なるサプライチェーンと製品ラインを持つ「デュアル・トラック戦略」を取る。短期的にはコスト増だが、長期的には新たな均衡が生まれる。
このシナリオの利点は、破滅的な対立を避けられることだ。欠点は、中途半端な状態が続き、企業の不確実性が高まることだ。また、いずれかの側が現状変更を試みれば、バランスが崩れる。
シナリオ2:デカップリングの加速は、より悲観的なシナリオだ。米中対立がさらに激化し、日本も完全に米国陣営に組み込まれる。中国との経済関係は大幅に縮小し、「新冷戦」構造が確立する。
このシナリオでは、半導体規制はさらに強化され、成熟プロセス用装置も輸出禁止となる。中国はレアアースを完全に禁輸し、日本は深刻な供給不足に陥る。両国の企業は相手国市場から完全に撤退し、人的交流も制限される。
世界経済は、米国陣営と中国陣営に分裂する。それぞれが独自のサプライチェーン、技術標準、決済システムを持つ。日本企業は中国市場(14億人、世界第2位の経済規模)を失い、大きな打撃を受ける。
このシナリオの欠点は明らかだ。経済効率が低下し、世界全体の成長が鈍化する。技術開発も重複投資が増え、人類全体の進歩が遅れる。また、偶発的な軍事衝突のリスクも高まる。
シナリオ3:部分的和解と協調は、楽観的なシナリオだ。日中が対話を通じて妥協点を見出し、管理された協力関係を再構築する。
このシナリオでは、日本は半導体規制を一部緩和し、民生用途に限って輸出を認める。中国もレアアース供給を安定化させ、日本の懸念に応える。両国は「経済安全保障対話」を定期的に開催し、相互の懸念を話し合う。
台湾問題でも、現状維持が続く。中国は武力行使を自制し、日本も台湾独立を支持しない。米中も戦略的競争を続けるが、「競争のルール」について合意する。
このシナリオの利点は、経済的利益を最大化できることだ。日本企業は中国市場にアクセスし続け、中国も日本の技術を活用できる。世界経済の安定も維持される。
しかし、このシナリオの実現可能性は低い。日中の戦略的不信は深く、台湾問題や歴史問題など根本的な対立が解消されていない。また、米国が日本の対中接近を警戒し、圧力をかける可能性もある。
シナリオ4:技術革新による構造変化は、長期的なゲームチェンジャーだ。代替技術の開発により、レアアースや先端半導体への依存度が劇的に低下する。
例えば、磁石レスモーターが実用化され、EVにレアアースが不要になる。あるいは、新型半導体(カーボンナノチューブ、グラフェン、光コンピューティングなど)が実用化され、シリコン半導体の重要性が低下する。リサイクル技術が飛躍的に向上し、都市鉱山だけで需要を満たせるようになる。
このシナリオでは、中国の資源支配力は大幅に低下する。レアアースや先端半導体という「戦略物資」の価値が下がり、日中対立の争点が減る。技術革新が地政学的緊張を緩和する。
ただし、このシナリオには時間がかかる。画期的な技術開発には10年、20年という期間が必要だ。また、新技術が別の戦略物資への依存を生む可能性もある(例:カーボンナノチューブ製造に必要な触媒材料など)。
最も可能性が高いのは、シナリオ1とシナリオ4の組み合わせだろう。短中期的には「管理された競争」が続き、その間に各国が技術革新と供給源多角化を進める。10〜20年後には、レアアースと半導体への依存度が低下し、日中対立の激しさも和らぐ。
ただし、その過程で台湾有事などの突発的事態が起これば、シナリオ2(デカップリング)に移行するリスクがある。また、日中が賢明な外交を行えば、シナリオ3(部分的和解)の要素も取り入れられる。
日本が取るべき長期戦略
これらのシナリオを踏まえ、日本が取るべき長期戦略を整理する。
1.戦略的自律性の確保だ。特定国への過度な依存を避け、複数の選択肢を持つことが重要だ。レアアースでは、調達先の多角化、リサイクル、代替技術の三本柱で自律性を高める。半導体でも、国内生産能力の維持、同盟国との協力、技術革新への投資を続ける。
ただし、完全な自給自足は不可能であり、目指すべきでもない。グローバル経済の利点を活かしつつ、戦略的分野では依存度を下げるバランスが必要だ。
2.同盟・パートナーシップの深化だ。日本単独では中国に対抗できない。米国との同盟を基軸に、オーストラリア、インド、EU、韓国、台湾、ASEANなど多層的なパートナーシップを構築する。
ただし、全ての問題で同盟国と完全に一致する必要はない。日本独自の国益も存在する。例えば、対中関係では、米国よりも慎重なアプローチを取ることもあり得る。「同盟の信頼性」と「戦略的柔軟性」のバランスが重要だ。
3.技術革新への長期投資だ。レアアース代替材料、磁石レスモーター、次世代半導体など、ゲームチェンジャーとなる技術に投資する。これは10年、20年単位の取り組みであり、短期的な成果を求めてはならない。
政府は、基礎研究から実用化までの「死の谷」を越える支援が必要だ。大学、国立研究機関、企業のコンソーシアムを形成し、リスクの高い革新的研究を支援する。失敗を許容する文化も重要だ。
4.経済安全保障と経済効率のバランスだ。全てを安全保障の観点で判断すれば、経済は非効率になり、競争力を失う。一方、効率性だけを追求すれば、戦略的脆弱性が生まれる。
重要なのは、「どの分野が本当に戦略的に重要か」を見極めることだ。半導体、レアアース、バッテリー、AI、量子技術など、真に重要な分野に絞って政府が関与し、他の分野は市場に任せる。メリハリのある政策が必要だ。
5.中国との対話チャネルの維持だ。対立しているからこそ、対話が重要だ。誤解や誤算による偶発的なエスカレーションを避けるため、定期的な意思疎通が必要だ。
日中ハイレベル経済対話、日中韓サミット、RCEP(地域的な包括的経済連携)などの枠組みを活用し、経済分野での協力余地を探るべきだ。レアアースや半導体で対立していても、気候変動、高齢化、感染症対策など協力できる分野は存在する。
対話は弱さではなく、リスク管理の一環だ。冷戦期の米ソでさえ、ホットラインを持ち、軍備管理交渉を続けた。日中も、対立を管理するメカニズムを構築すべきだ。例えば、「経済安全保障に関する日中協議」を設置し、相互の懸念を率直に議論する場を持つことが考えられる。
6.国内産業基盤の維持・強化だ。日本は半導体製造装置、材料、部品で世界トップクラスの技術を持つ。これは長年の研究開発と熟練技術者の蓄積の結果だ。
しかし、若手人材の不足、研究開発投資の停滞、海外への技術流出などのリスクがある。政府は、理工系人材の育成、企業の研究開発支援、技術情報管理の強化などに取り組む必要がある。
特に、「失われた30年」で日本企業の研究開発投資が伸び悩んだことは深刻だ。中国企業や韓国企業が莫大な投資で追い上げる中、日本が技術優位を維持するには、民間投資を促進する政策(税制優遇、補助金、政府調達など)が不可欠だ。
7.国民への説明と合意形成だ。経済安全保障政策は、短期的には企業や消費者に負担をもたらす。中国市場を失う企業の売上減少、レアアース価格上昇による製品価格の上昇、税金による研究開発支援など、コストは国民が負担する。
政府は、なぜこれらの政策が必要なのか、長期的にどのような利益があるのかを丁寧に説明する必要がある。「安全保障のため」という抽象的な理由だけでは、国民の理解は得られない。
例えば、「レアアース供給が途絶えれば、EVが生産できず、自動車産業が壊滅し、雇用が失われる」「先端半導体を中国に渡せば、軍事バランスが崩れ、台湾有事のリスクが高まり、日本の安全が脅かされる」といった具体的な因果関係を示すべきだ。
同時に、政策の限界や不確実性も正直に伝える必要がある。「この政策で全てのリスクが解決する」という過度な楽観論は、後で失望を招く。リスクを完全に除去することは不可能であり、被害を最小化し、管理することが目標だと明確にすべきだ。
8.途上国・新興国への配慮だ。日中対立は、先進国の地政学的競争の側面が強い。しかし、その影響は途上国にも及ぶ。
例えば、アフリカ諸国は中国の最大の投資国であり、インフラ整備で中国に依存している。これらの国々に「中国を選ぶか、西側を選ぶか」という二者択一を迫ることは、反発を招く。
日本は、途上国に対して「もう一つの選択肢」を提供する姿勢が重要だ。中国を排除するのではなく、日本の協力がより良い条件であることを示す。質の高いインフラ、持続可能な開発、透明性、人材育成などで差別化を図る。
また、途上国の資源開発では、「資源の呪い」を避ける支援が重要だ。単に資源を買い取るだけでなく、現地での加工産業育成、環境保護、収益の透明な管理などを支援する。これにより、資源国が長期的に発展できる基盤を作る。
9.多層的な備えだ。最善のシナリオを期待しつつ、最悪のシナリオにも備える必要がある。
レアアースでは、備蓄を拡充する。現在の数週間分から、最低でも6ヶ月分、理想的には1〜2年分の備蓄を持つべきだ。これには莫大なコストがかかるが、供給途絶時の保険となる。
半導体でも、先端プロセスの国内生産能力を確保する。TSMCの熊本工場は良い出発点だが、さらに先端のプロセス(3nm、2nm)も国内で生産できる体制を目指すべきだ。これは技術的にもコスト的にも挑戦だが、台湾有事への備えとして重要だ。
エネルギー安全保障との統合も必要だ。レアアースだけでなく、石油、天然ガス、ウラン、リチウム、コバルトなど、複数の戦略物資を総合的に管理する体制を構築する。
10.柔軟性と適応力の維持だ。国際情勢は予測不可能だ。10年後、20年後の世界がどうなっているかは誰にも分からない。
硬直的な政策や特定のシナリオへの固執は危険だ。状況が変われば、政策も変える柔軟性が必要だ。例えば、米中関係が改善すれば、対中規制を緩和する選択肢も検討すべきだ。逆に、台湾有事が起これば、より厳格な措置を取る必要がある。
企業も同様に適応力が重要だ。市場の分断、規制の変化、技術の進歩などに迅速に対応できる組織が生き残る。「計画経済」的な硬直性ではなく、「市場経済」の柔軟性を活かすべきだ。
具体的な政策提言
以上の戦略を実現するため、具体的な政策提言をまとめる。
レアアース分野
・国家備蓄の拡充: 現在の備蓄量を6ヶ月〜1年分に増やす。特に重希土類(ジスプロシウム、テルビウム)を優先する。
・リサイクルシステムの構築: 小型家電の回収率を現在の20%から50%以上に引き上げる。リサイクル事業者への補助金、技術開発支援、回収インフラ整備を行う。
・海外鉱山への戦略的投資: JOGMECの予算を倍増し、オーストラリア、ベトナム、インド、アフリカなどでの鉱山開発を加速する。リスクマネーの供給、地質調査支援、現地政府との交渉支援などを行う。
・代替技術への集中投資: フェライト磁石の高性能化、磁石レスモーター、新型触媒など、レアアース使用量を削減する技術に年間500億円規模の研究開発予算を投入する。10年計画で実用化を目指す。
・国際協力の制度化: QUAD、MSP、日米、日欧などの枠組みで、レアアース共同備蓄協定を締結する。緊急時の融通メカニズム、価格安定化メカニズムを構築する。
・産業政策の見直し: EV推進政策とレアアース供給の整合性を検証する。磁石レスモーターや全固体電池など、レアアース依存度の低い技術にもインセンティブを提供する。
・情報収集・分析能力の強化: 中国のレアアース政策、世界の需給動向、価格予測などを専門的に分析する組織を設置する。経産省内に「レアアース戦略室」を設け、民間専門家も参加させる。
半導体分野
・先端プロセスの国内生産能力確保: TSMCだけでなく、サムスン、インテルなどの誘致も検討する。2nm以下のプロセスを日本国内で生産できる体制を2030年までに構築する。数兆円規模の投資が必要だが、安全保障上の優先課題とする。
・製造装置・材料産業の強化: 東京エレクトロン、SCREENなどの装置メーカー、信越化学、JSRなどの材料メーカーへの研究開発支援を強化する。次世代EUV、原子層堆積(ALD)、極端紫外線レジストなど、次世代技術への投資を支援する。
・輸出管理の精緻化: 一律規制ではなく、用途や最終ユーザーに応じた柔軟な管理を行う。民生用途と軍事用途を区別し、不必要な経済的損失を避ける。ただし、「デュアルユース(民軍両用)」の性質を考慮し、抜け穴を作らない。
・半導体人材の育成: 大学の半導体関連学科を拡充する。半導体工学、材料科学、プロセス技術などの専門家を年間1万人規模で育成する。産学連携で実践的な教育を行う。海外からの優秀な人材も積極的に受け入れる。
・次世代技術への先行投資: シリコンを超える新材料(炭化ケイ素、窒化ガリウム、ダイヤモンド)、新アーキテクチャ(3次元集積、光コンピューティング、量子コンピューティング)への基礎研究を強化する。20〜30年後の技術覇権を見据えた長期投資を行う。
・日米韓台の連携強化: チップ4の枠組みを制度化し、技術標準、サプライチェーン、研究開発で協調する。中国を排除した「民主主義半導体同盟」を構築する。ただし、韓国や台湾の対中関係にも配慮し、柔軟な運用を行う。
・成熟プロセスの確保: 先端プロセスに注目が集まるが、自動車、産業機器、医療機器などで使われる28nm〜90nmの成熟プロセスも重要だ。これらの国内生産能力を維持・拡大する。
経済安全保障の制度整備
・経済安全保障推進法の拡充: 対象となる特定重要物資を拡大する。現在の11品目(半導体、蓄電池、レアアースなど)に加えて、医薬品原料、工作機械、航空機部品なども検討する。
・サプライチェーン可視化の義務化: 重要産業では、サプライチェーンの全体像を把握し、政府に報告することを義務付ける。ボトルネックや単一国依存のリスクを特定する。
・企業のBCP(事業継続計画)支援: 供給途絶に備えた在庫積み増し、調達先の多角化、代替材料の開発などに対して、税制優遇や補助金を提供する。
・技術流出防止の強化: 外国資本による日本企業の買収審査を厳格化する。特に半導体、AI、量子、バイオなどの先端技術企業については、慎重に審査する。研究者の海外流出にも対策を講じる。
・国際ルール作り: G7、WTO、OECDなどで、経済的威圧への対抗ルールを提案する。資源や技術の恣意的な輸出制限を規律する国際規範を作る。
外交・安全保障政策
・対中対話の制度化: 経済安全保障に関する日中ハイレベル協議を年2回開催する。相互の懸念を率直に議論し、誤解や誤算を防ぐ。レアアースや半導体だけでなく、広範な経済問題を議論する。
・台湾との実務協力: 政治的配慮をしつつ、半導体、医療、災害対応などの実務分野で協力を深める。民間交流を活発化し、相互理解を促進する。
・ASEANとの連携: 中国とASEANの間で板挟みにならないよう、ASEANに「第三の選択肢」を提供する。インフラ投資、技術協力、人材育成などで日本の存在感を高める。
・価値観外交の推進: 民主主義、法の支配、人権などの価値観を共有する国々との連携を強化する。ただし、価値観の押し付けは避け、実利的な協力を重視する。
・防衛力の強化: 経済的手段だけでなく、軍事的抑止力も重要だ。防衛費のGDP比2%達成、反撃能力の整備、日米同盟の強化を着実に進める。台湾有事への備えを具体化する。
国内の合意形成
・国民への丁寧な説明: 経済安全保障政策の必要性、コスト、期待される効果を分かりやすく説明する。メディア、学校教育、シンポジウムなどを通じて、広く理解を求める。
・産業界との対話: 規制の影響を受ける企業との対話を密にする。一方的な規制ではなく、企業の意見を聞き、実行可能な政策を設計する。激変緩和措置や代替市場開拓支援なども検討する。
・超党派の合意形成: 経済安全保障は、政権交代があっても継続すべき長期政策だ。与野党で基本方針を共有し、政治的な安定性を確保する。
・透明性の確保: 政策決定プロセスを透明にする。特定企業や業界への便宜供与と疑われないよう、公正な基準と手続きを確立する。
結論:不確実な時代における戦略的思考
日中関係の悪化と半導体・レアアースをめぐる攻防は、21世紀の国際秩序の変容を象徴している。冷戦終結後の「経済的相互依存が平和をもたらす」という楽観論は崩れ、「経済と安全保障が不可分」という現実が明らかになった。
日本は、この新しい現実に適応しなければならない。中国との経済関係を完全に断ち切ることは不可能であり、望ましくもない。しかし、戦略的な分野での過度な依存は、国家安全保障上のリスクとなる。
重要なのは、バランスと柔軟性だ。同盟国との協力を深めつつ、中国との対話も維持する。市場の効率性を追求しつつ、戦略的自律性も確保する。短期的なコストを負担しつつ、長期的な利益を見据える。
レアアースと半導体は、この複雑な課題の象徴だ。両者とも、現代文明に不可欠な「戦略物資」であり、特定国への依存がリスクとなる。日本は、供給源の多角化、技術革新、国際協力を通じて、このリスクを管理しなければならない。
同時に、これは日本だけの問題ではない。米国、欧州、韓国、台湾、インド、オーストラリアなど、多くの国が同じ課題に直面している。協力すれば、中国の資源支配に対抗できる。分断すれば、各個撃破される。
技術革新は、状況を変える可能性を秘めている。レアアース代替材料、磁石レスモーター、次世代半導体などが実用化されれば、現在の依存構造は大きく変わる。ただし、これには時間がかかり、成功の保証もない。
最終的に、日本の成功は、戦略的思考と実行力にかかっている。複雑な国際環境を冷静に分析し、長期的な視点で政策を立案し、国民的な合意のもとで実行する。そして、状況の変化に応じて柔軟に適応する。
日中関係は今後も波乱含みだろう。しかし、対立を管理し、破滅的な衝突を避けることは可能だ。経済的相互依存は、武器にも盾にもなる。それをどう使うかは、私たちの知恵と決断にかかっている。
この困難な時代において、日本は冷静さと戦略性を失ってはならない。感情的な対中強硬論も、無邪気な楽観論も、どちらも危険だ。必要なのは、現実を直視し、複数のシナリオを想定し、最善を期待しつつ最悪に備える、成熟した戦略的思考だ。
半導体とレアアースの問題は、その試金石となる。この課題にどう対処するかが、日本の21世紀における国際的地位を決定するだろう。


